予約の弊
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先月、台風が来るという時に早めの予約キャンセルを促すツイートがあった。
大雨や大風になると無断キャンセルが多くなると云うことだ。
レストランなどの飲食業者は災害時に限らず、無断キャンセルや直前のキャンセルで悩まれされている。
これは気の毒なことではあるが、その反面、飲食業者の予約に対する考えにも問題がありうるのではないだろうか。
予約が必須となるのは、高価な食材を事前に用意しなくてはならなかったり鮮度の良さを厳しく要求される食材を扱う料理を提供するフランス料理店などの高級レストランの場合や、お客が確実に一定人数の席を確保したい場合である。
しかし世間を見るとどちらにも該当しないようなお店が予約を過剰に受けているような様子が見受けられないでもない。
飲食業者はそれぞれその店の性質に応じて予約席と自由席の割合を決めているはずである。
これはちょうどポートフォリオと同様、最適化されなければならないものであるが予約席の割合を必要以上に多めに設定しているのではないかと思うこともある。
予約席の割合を多くすれば当然、無断キャンセルのリスクは大きくなる。
その際には予約でないお客のために席を確保しておかなかったばかりにお客獲得の機会を失うことになるだろう。
お店に入店するとお客が少なく席が空いているのに「予約でいっぱいですので」と断られることがある。
フランス料理店や高級イタリアンならいざ知らず、予約を取ってまで行くような店でもなかろうに、「予約が入ってますので...」などと言われて入店を断られて鼻白む思いをしたことは何度もある。
また、入店できて、お店で食事をしている間に隣のカウンターや近くのテーブル席の予約のスタンドが置かれたままになっているのを見かけることもある。
その間、店を訪れた人々が席が空いていないためにあきらめて店を去ってゆく一方で、私が居る間、最後まで予約席のお客は来なかったなんてことも多い。
世の中には予約を入れないお客にやけに冷ややかなお店がある。
近所を散歩をしていた時にみつけた喫茶店はコーヒーがきちんと淹れてあり、デザートやパンなどの軽食も悪くないので数回来訪したことがあったが、ある日行ってみるとお客が一人も居ないのに入店を断られたことがあった。
また別の日に行ったときにはコーヒーを出してはくれたが軽食を注文しようとしたら予約のお客用の食材が足りなくなるというような理由で断られた。
なんでも、その喫茶店では中高年を対象にしたクラシック音楽や文芸などのサークルを開催しているらしく、店主がその活動に熱を入れているせいか、一般のお客の利便性が二の次にされている。
うちの祖母が偶然その店の近くで久しぶりに知人に会ったのでお茶でも飲もうと店に寄ろうとしたが同じような理由で断られた。
店は営業中の札を出していて一般客が入れるはずなのに入店すると断られるのである。
祖母もその店を何度か利用したことがあったのに知人と語らうせっかくの機会を失われてがっかりしたと云う。
駅の近くという有利な立地に加え、住宅街の中にあるためか他に喫茶店のない環境にあるその店はお客を欠くことはない。
だから一般の客を平気でないがしろにする経営が成り立つのだろう。
そういうことがあってから私達がその店を再訪することは無くなった。
鎌倉では、ある蕎麦屋を訪れた際にまだ準備中のためか呼んでも人が出てこない様子なので玄関先で電話を入れてみたのだが、予約をしているかと聞かれ、予約していないと答えると無碍に断られた。
私が「では失礼します」と電話をお終いにする間際に向こうからガチャ切りされたのである。
その蕎麦屋が格別に美味い蕎麦を打つわけではなく人気スポットとなっている寺の近くにあるという、単に立地が恵まれているからこその態度であろう。
鎌倉には良い飲食店もあるが大半は観光地にありがちな店でしかない。
ほとんどの店が東京の山手線の内側では通用しないレベルである。
おかげで食べログの私のブログは鎌倉恨ミシュラン状態だ(LoL)。
私は飲食店というものは行ったらすぐに席に着けるという可用性(availability)を重視する。
私が子供の頃から何度も通ったラーメン屋は入店を拒否されたり席が一つも空いていないということが一度も無かった。
いつも程々に席が空いていたのである。
残念ながらその店は去年閉店してしまったが私はその店のラーメンがいままで食べた中で一番美味しいと思っている。
行列が出来る店だとか予約でいっぱいになる店だけが優れた店ではないのである。
予約が土壇場でキャンセルされたり、最後まで予約した客が来なくて嘆いている店は予約のありかたについて顧みてみることも必要なのではないだろうか。
現代は飲食店を予約して行くという習慣が過剰である。
それはスマホで簡単に予約が出来てしまい食べログのようなレストランガイドが大量な飲食店情報を提供しているが故の過剰さであろう。
それこそアナログ電話でジーコロジーコロとダイヤルを回して店に電話してみるしかなかった昭和の時代には場末の食堂に予約してから食べに行くなんてことはなかったに違いない。
情報が分断していた時代には、知る者は知っているが知らぬ者は知らないという、今の時代の感覚では覚え得ない、また別の利便性という”幸福”が存在したのであろう。
私が好んで利用していたラーメン屋はそうした昭和の時代の幸福の遺物であったに違いない。
大雨や大風になると無断キャンセルが多くなると云うことだ。
レストランなどの飲食業者は災害時に限らず、無断キャンセルや直前のキャンセルで悩まれされている。
これは気の毒なことではあるが、その反面、飲食業者の予約に対する考えにも問題がありうるのではないだろうか。
予約が必須となるのは、高価な食材を事前に用意しなくてはならなかったり鮮度の良さを厳しく要求される食材を扱う料理を提供するフランス料理店などの高級レストランの場合や、お客が確実に一定人数の席を確保したい場合である。
しかし世間を見るとどちらにも該当しないようなお店が予約を過剰に受けているような様子が見受けられないでもない。
飲食業者はそれぞれその店の性質に応じて予約席と自由席の割合を決めているはずである。
これはちょうどポートフォリオと同様、最適化されなければならないものであるが予約席の割合を必要以上に多めに設定しているのではないかと思うこともある。
予約席の割合を多くすれば当然、無断キャンセルのリスクは大きくなる。
その際には予約でないお客のために席を確保しておかなかったばかりにお客獲得の機会を失うことになるだろう。
お店に入店するとお客が少なく席が空いているのに「予約でいっぱいですので」と断られることがある。
フランス料理店や高級イタリアンならいざ知らず、予約を取ってまで行くような店でもなかろうに、「予約が入ってますので...」などと言われて入店を断られて鼻白む思いをしたことは何度もある。
また、入店できて、お店で食事をしている間に隣のカウンターや近くのテーブル席の予約のスタンドが置かれたままになっているのを見かけることもある。
その間、店を訪れた人々が席が空いていないためにあきらめて店を去ってゆく一方で、私が居る間、最後まで予約席のお客は来なかったなんてことも多い。
世の中には予約を入れないお客にやけに冷ややかなお店がある。
近所を散歩をしていた時にみつけた喫茶店はコーヒーがきちんと淹れてあり、デザートやパンなどの軽食も悪くないので数回来訪したことがあったが、ある日行ってみるとお客が一人も居ないのに入店を断られたことがあった。
また別の日に行ったときにはコーヒーを出してはくれたが軽食を注文しようとしたら予約のお客用の食材が足りなくなるというような理由で断られた。
なんでも、その喫茶店では中高年を対象にしたクラシック音楽や文芸などのサークルを開催しているらしく、店主がその活動に熱を入れているせいか、一般のお客の利便性が二の次にされている。
うちの祖母が偶然その店の近くで久しぶりに知人に会ったのでお茶でも飲もうと店に寄ろうとしたが同じような理由で断られた。
店は営業中の札を出していて一般客が入れるはずなのに入店すると断られるのである。
祖母もその店を何度か利用したことがあったのに知人と語らうせっかくの機会を失われてがっかりしたと云う。
駅の近くという有利な立地に加え、住宅街の中にあるためか他に喫茶店のない環境にあるその店はお客を欠くことはない。
だから一般の客を平気でないがしろにする経営が成り立つのだろう。
そういうことがあってから私達がその店を再訪することは無くなった。
鎌倉では、ある蕎麦屋を訪れた際にまだ準備中のためか呼んでも人が出てこない様子なので玄関先で電話を入れてみたのだが、予約をしているかと聞かれ、予約していないと答えると無碍に断られた。
私が「では失礼します」と電話をお終いにする間際に向こうからガチャ切りされたのである。
その蕎麦屋が格別に美味い蕎麦を打つわけではなく人気スポットとなっている寺の近くにあるという、単に立地が恵まれているからこその態度であろう。
鎌倉には良い飲食店もあるが大半は観光地にありがちな店でしかない。
ほとんどの店が東京の山手線の内側では通用しないレベルである。
おかげで食べログの私のブログは鎌倉恨ミシュラン状態だ(LoL)。
私は飲食店というものは行ったらすぐに席に着けるという可用性(availability)を重視する。
だからといって味はどうでもいいというわけではない。
むしろ私は味に厳しい。
美味しくもないのに行列なんて出来る店には二度と行かない。
ここはダメだということも味を見る前にある程度はわかる。
私が子供の頃から何度も通ったラーメン屋は入店を拒否されたり席が一つも空いていないということが一度も無かった。
いつも程々に席が空いていたのである。
残念ながらその店は去年閉店してしまったが私はその店のラーメンがいままで食べた中で一番美味しいと思っている。
行列が出来る店だとか予約でいっぱいになる店だけが優れた店ではないのである。
予約が土壇場でキャンセルされたり、最後まで予約した客が来なくて嘆いている店は予約のありかたについて顧みてみることも必要なのではないだろうか。
現代は飲食店を予約して行くという習慣が過剰である。
それはスマホで簡単に予約が出来てしまい食べログのようなレストランガイドが大量な飲食店情報を提供しているが故の過剰さであろう。
それこそアナログ電話でジーコロジーコロとダイヤルを回して店に電話してみるしかなかった昭和の時代には場末の食堂に予約してから食べに行くなんてことはなかったに違いない。
情報が分断していた時代には、知る者は知っているが知らぬ者は知らないという、今の時代の感覚では覚え得ない、また別の利便性という”幸福”が存在したのであろう。
私が好んで利用していたラーメン屋はそうした昭和の時代の幸福の遺物であったに違いない。
以上
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